2017年1月3日火曜日

えびの高原 散策路

エミとミカがスノーマンに襲われるのは先に紹介したえびの高原ホテル前の散策路。
散策路内に幾つか立っている球体の屋外スライド映写機(?)は察するにえびの高原周辺の風景写真が映し出される物だと思われるが、劇中に映る画像は硫黄山から見るえびの高原周辺。
 映写機は全て残っていない。
 足元を見るとこの映写機が立っていたと思われるコンクリートの土台が幾つか残っていた。

2017年1月1日日曜日

えびの高原ホテル

えびの高原へ向かう一文字
ここは宮崎県のえびの高原を通る県道1号線。後方に見えている山の山頂がスノーマンとの決戦ロケ地となる賽の河原。

えびの高原ホテル
一行が到着した宿はえびの高原に実在した「えびの高原ホテル」。現在敷地は残っているが寄棟のロッジ風の建物は残念ながら解体済み。

日本カーフェリー川崎ターミナル〜日向ターミナル

ショッカーの九州での計画を知った藤兵衛たち一行は隼人と滝を追って川崎港からフェリーに乗る。
ここはかつて川崎の浮島町とと宮崎県日向の細島港を結ぶ京浜航路のフェリー乗り場。アクアラインの開通などに伴いフェリー航路が廃止、乗り場自体が撤去された。また乗船する船は劇中のセリフや船体を映す空撮ではマリンエキスプレス社の前身、日本カーフェリー社の「せんとぽーりあ」号とあるが、実際に乗り込むところ見ると同航路に就いていた「ぶーげんびりあ」号で撮影同年に竣工したばかりの新造船だった。
浮島町の突端部分。当時の航空写真中央あたりに海にせり出した部分がそれ。現在は撤去され残っていない。アクアラインへとつながる首都高に沿って埋め立てが拡張されているのがわかる。
国土地理院1975年1月3日/Googleマップ
当時のフェーリーターミナルは物流センターとして使用されているため桟橋の手前の浮島公園から撮影してみたがご覧の通り植え込みが育ってしまい見通せず。(劇中映像では桟橋の青い手摺の向こうに植えられたばかりであろうその植え込みが確認出来る。)
後方の工場群が見通せる国道沿いで撮影。あいにく劇中に映るスレートの工場建屋は解体済。
当時のフェリーの後方には東京湾が広がっていたと思われるが現在は羽田の滑走路拡張ですぐ先に陸地が見える。

日向細島港
フェリーの到着する港は劇中のセリフにあるように実際にフェリー航路の到着地だった宮崎県日向市の細島港。(劇中では日向港と呼称)

映像では着岸寸前のフェリーから撮影された映像が登場するがので入江のようになっている港の対岸側から撮影。
当時のフェリーターミナルは運輸会社に売却されているものの現存。

祝ダブルライダー45周年

あけましておめでとうございます。
今を去ること45年前の今日は本郷猛がブラウン管に復帰した日、すなわちダブルライダー誕生45周年の日となります。今日まで連綿と続く仮面ライダーの共闘という構図が生まれた日というわけです。5年ほど前に周年のオンタイム(40周年の各放送日に合わせた週に1話分ペース)でブログを続けようと目論むもすぐ破綻しマイペースに続けてきましたが、ここでまたピッチを整えてみようと思います。←多分無理

冒頭、新年を祝う鐘を鳴らすアルプスの教会という設定で何かの流用かレンポジか、いかにもアルプスと言った風情の後ろに雪の山脈を抱く教会が映る。有名な場所かと検索してみたけど見つけられずでした。
スノーマンとの初戦。標高の高そうな場所でエピソードメインロケ地のえびの高原界隈かもと探してみたが見つけられず。

桜島地震観測所
ここは実際に桜島にある京都大学の桜島火山観測所のハルタ山観測室。現在は観測所本館が港近くにあるが昭和52年まではここが本館だった。建物外観は補強されてはいるがX型の柱など当時の趣がある。
 大野剣友会の岡田勝氏、佐野房信氏の演ずる観測員のシーンも実際の観測所内で撮影されていて現役を終えた現在は倉庫のような状態になっていた。ここは2015年夏に開催された藤岡弘、佐々木剛の両氏と巡るロケ地ツアーの際に所長さんの計らいで中を見学させていただいたのだがまさか中を見れると思っていなかったのでキャプチャ資料を持っておらず記憶を頼りにシーンを思い出しながら撮影させていただいた。

情報内容の正確さを求める為に記事の差し替え、追記等を行う場合があります。

自己紹介

自分の写真
仮面ライダーの全てのロケ地を自分の目で見る旅の途中です。 当ブログは元の作品の権利、肖像権を侵害する物では無く、作品を120%楽しむ為の一つの手引きとして筆者の研究調査成果を提示するために一部"引用"として元映像を使用させていただきました。作品の権利は東映株式会社様にあります。